努力のしるしトロフィー

スポーツというのは、個人であったり、チームでたたかったりと、勝ち負けががありますし、負けたくないという思いから熱中してしまいます。
タイムなどを競う競技では、過去のベストタイムとのたたかいという意味で、自分とのたたかいでっもあります。
学校の運動会などでは、いつもクラスで一緒に過ごしている仲間たちと協力して競技に挑むので、また違った感情が生まれるのかもしれません。
大人数のチームであれば、勝った時の喜びもたくさんの人と分かち合えるので、嬉しさも倍増することでしょう。
大会などで優勝すれば1位2位3位の選手は、メダルやトロフィーなどをもらえると思います。
自分たちの勝ったしるし、これまでの努力のしるしが形となって残るというのは、非常に嬉しいものだとおもいます。
私自身、学校でクラス対抗のイベントがあり優勝したときに、部屋に小さいながらトロフィーが置かれたときは嬉しかったものです。
大きな大会があれば、トロフィーの大きさも、大きく豪華なものになると思います。
自分の行っていた学校の部活が、大きな大会で優勝し、正面玄関に大きなトロフィーが飾られていた時は、自分は参加していないにもかかわらず、自分の学校のことなので誇らしく感じました。
そして、なんども大会で優勝すれば、トロフィーの数も増えるでしょう。
たくさんの立派なトロフィーが並べられている光景というのは、まさに圧巻です。
こんなすごいものをこんなにたくさんもらえるなんて、これをもらった人たちはどんなにすごいことをしたのだろう、と尊敬の気持ちさえわいてきます。
人が何かをがんばったり、努力したりするには、達成したい目標が必要だと思います。
トロフィーをもらいたいというのは、その目標に十分なることだと思います。
そして、チームであったら、がんばった仲間たちと勝ち取ったトロフィーを、一緒に眺めれば、さらに感動も増すでしょう。
私は形となって思い出も作ることも素敵なことだし、心の中で思い出を感じることも良いことだと思います。
トロフィーをもらったてそのトロフィーを触ったり眺めたりするということは、形としても残っているし、それが心の中にも強く残ると思います。
みんなで努力した、そしてみんなでがんばった、でも結果が出ないときだってあると思います。
そしたらきっと悔しい思いをするでしょう。
仲間と悔しがるでしょう。
しかし、その悔しがった思い出もまた輝かしいものだと私は思うのです。
その思い出もまた、形はなくとも心のトロフィーといえるでしょう。

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